名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)2511号 判決 1976年2月17日
原告
早川清一
右訴訟代理人
松嶋泰
外二名
被告
岩田清
右訴訟代理人
楠田仙次
外一名
被告
富永しま子
外一六名
以上一七名訴訟代理人
祖父江英之
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告
原告に対し
(1) 被告富永しま子は別紙目録一の(1)の建物を明渡し、且つ昭和二七年五月一日以降明渡しずみに至る迄一ケ月金五八〇円の割合による金員を支払え。<中略>
二、被告ら
主文同旨の判決<以下略>
理由
一本件各建物が原告の所有であること、被告富永しま子、同岩田清、同福田忠雄、同上野和男、同竹内秀男、同田中一雄、同岩田秀一、同近藤義光、同加藤繁雄、同加藤国三郎、同水川正行、同早川みつえ、同南谷銀次郎、同森瀬豊三郎、同九沢幸平、同加藤久子が右建物中、原告の主張している各建物を原告から賃借して占有していることは当事者間に争いがなく、また被告高橋平雄、同早川正憲についても原告の主張している部分を占有していることは双方間に争いがないが、被告高橋平雄、同早川みつえの各本人尋問の結果によると、被告高橋平雄は原告が本件建物を取得する以前の昭和二二年の三、四月ころから前記占有部分を被告早川みつえから転借したこと、この転貸借につき当時の賃貸人四谷某から格別の異議もなかつたことが認められ、他にこの認定に反する証拠もないことからして、この転貸借には賃貸人の承諾があつたとみるのが相当であり、また被告早川みつえ、同早川正憲各本人尋問の結果によると、被告早川正憲は、被告早川みつえの子でありこの建物内で出生し、爾来今日迄ここに居住し、賃借人である被告早川みつえと同一の生活共同体を構成していることが認められることからして、被告早川正憲は当然被告早川みつえの賃借権を援用しうる立場にあり、同人の占有をとらえて不法占有ということはできない。
二原告は被告らのうち被告高橋平雄、同早川正憲を除くその余の被告らとの間で本件賃貸借契約を合意解除した旨主張する。そして、証人早川東助の証言、原告本人尋問の結果中には、昭和三四、五年ころ原告は右被告ら或いはその代表者である被告水川正行、同加藤国三郎に対し原告主張のような事由で右被告らの賃借している本件各建物を明渡してもらいたいこと、この明渡しに至る迄の賃料は支払わなくてよい旨申出たところ、被告らないし右代表者二人はこれを諒承した旨供述する部分があり、さらにいずれも成立につき争いのない甲第二号証の一ないし一六によると、原告は昭和四七年一月に右被告らに対しこの申出どおり明渡されたい旨の内容証明郵便を送つている事実が認められるけれども、右証人早川東助の証言、原告本人尋問の結果は、いずれもいかなる時点においてどのような条件を内容とする合意が成立したというのか供述の具体性に乏しく、現に被告らは家賃を支払つたり、原告方へ持参したりしていることが前記証言並びに本人尋問の結果から窺われるし、また前記内容証明に記載された文言も、必らずしも合意解約の事実を明確に主張しているとも解し難いうえ、他に原告のこの主張事実を補強する格別の証拠もないことからして、右証言並びに本人尋問の結果からはこの合意解除の事実を認めることはできないところである。
三次に本件各建物の朽廃の点であるが、検証並びに鑑定の結果、成立に争いのない甲第一号証によると以下の事実が認められる。本件各建物はいずれも推定五〇年ないし六〇年以上以前に建築された木造瓦葺の平家建及び二階建の長屋形式の家屋であつて、登記簿上の家屋番号は志摩町三丁目一、二、三番地の一番、二番、三番、一九番及びその付属建物からなつており、このうち別紙目録(1)ないし(4)の建物、(5)ないし(16)の建物、(18)と(19)の建物がそれぞれ並列して長屋づくりとなつている。
本件各建物はこのように建築されてから相当の年数を経過しているため全体的にかなり腐朽しており、建物中の主要構造部分を箇所別にみると、土台は接地部分で腐朽しているところがあり、柱も根元部分が腐朽し挫掘しているところがある他、小屋組、屋根は雨もり等で腐朽しているところや、瓦が割れ波打ちしている部分もみうけられ、壁についても老朽化し剥離しているところがあつて総体的には九〇パーセント方朽廃度が進行している。このため、各建物が長屋造りであることから、全体として支えあつているものの、大きな台風や地震にあうと倒壊する危険は充分にある。これに対しここに居住する被告らは屋根の雨もり箇所に防水シートやビニールを敷いたり、入口付近に鉄柱を支えとして入れたりしてこれに補修を加えて使用しているが、これ以上に格別の補修工事は行つていない。
右のような事実が認められるところ、建物の賃貸借において当該建物が朽廃したときはこの賃貸借契約はその目的を失つて終了すると解されるのであるが、この賃貸借終了原因としての朽廃はあくまでも建物を全体的に観察してこれが社会経済的効用を失つたかどうかという立場から判定すべきものである。
このような観点から本件各建物をみると前記認定のように腐しよくが相当進んではいるが、建物の主要部分である柱、壁、屋根部分のいずれについても腐しよくはそのすべてにわたるわけではなく、従つてこれらの構造にもとづく自らの力で存立しており、全体としては特別の補修をしなければ直ちに倒壊するという程に切迫した状況ではない。現に被告らは前記認定程度の補修だけでここで生活したり営業を行つたりしており、その出入口につき危険を感じているわけではない。また前記の補修は必らずしも通常程度の補修の範囲に止まるものともいえないきらいがあるけれども、その原因の一つには証人早川東助の証言から認められるように、原告が本件各建物の修繕を全く行わないことにもあるというべきである。このような諸事実を総合して本件各建物が朽廃により建物としての効用を喪失したか否かを社会経済的観点から考えると、本件各建物は現時点においてはなお被告らの居住使用に耐えうるもので、朽廃の域には達していないと結論すべきである。
右判断のとおりであるから、原告の本件各建物の朽廃を原因とする賃貸借終了の主張は採用できない。
四さらに原告の正当事由による賃貸借契約解約の申入れの主張について検討する。
本件建物が未だ法律上朽廃したと認め難いことは前記のとおりであるところ、<証拠>によれば次の事実が認められる。
原告は鉄鋼業を営み、本件各建物を昭和二三年ころ当時の所有者四谷某から一括して買受け、引続きこれを被告らに賃貸してきたのであるが、原告自身は本件建物に居住しているわけではなく他に自宅をもつているのに対し、被告ら(但し被告高橋平雄は除く)は永年にわたつて本件建物に居住して生活してきており、このうち被告加藤国三郎、同水川正行、同早川みつえ、同加藤久子、同近藤義光、同加藤繁雄、同田中一雄、同南谷銀次郎並びに被告高橋平雄は本件建物で営業を営み生計をたてているものであることが認められる。
そして、本件各建物はかなり腐朽しているものの現在も依然として居住に耐えうる状態であることは前記認定のとおりであるが、朽廃の度が賃貸借終了の事由となる程度に迄は至らなくても、その程度が著るしく、これを大修繕ないしは改築しなければならないような情況にあるときは、これも解約申入れの正当事由を構成しうる場合のあること勿論である。しかし、原告においては本件各建物を大修繕ないしは改築する意思のないことは証人早川東助の証言、原告本人尋問の結果から明らかであり、しかも明渡しによつてうける被告らに対する損失の補償であるとか移転先の確保とかいうことについて原告が配慮した形跡もみうけられないのである。
以上のように原告には本件各建物の明渡しを直ちに求めねばならない緊喫の事情は存在しないというべく、従つて原告主張の正当事由の存在は首肯できず、結局原告と本件各建物の賃借人である被告らとの間の賃貸借契約は原告の解約申入れに拘らず依然として存続しているというべきである。
五最後に原告の金員請求であるが、この請求が原告において各被告らとの賃貸借契約を合意解除した旨主張する月の翌月以降の賃料相当額であることからして、この金員は先づ被告らによつて、権限なく本件各建物を占有されていることにより原告のうけている損害金であり、ついで、原告は朽廃ないしは解約申入によりその後契約が終了した旨主張していることに徴し、もし合意解約が認められないときは次位の終了原因が認められる迄の間は賃料としてその後は損害金として請求をしているものと解される。しかし、前記のとおり原告とこれらの被告間の賃貸借契約はなお存続しているのであるから、原告の賃料請求についてのみ判断すれば足りる。そして、被告岩田清については同被告の一ケ月の賃料額が原告の主張どおりの額であること双方間に争いがないけれども、<証拠>を総合すると、同被告は従前より賃料を原告方へ持参して支払つたり、或いは供託しておりその支払を怠つていないことが認められる。
また、<証拠>を総合すると、被告福田忠雄、同上野和雄、同竹内秀雄、同加藤国三郎、同水川正行、同早川みつえらの一ケ月の賃料額は原告の主張額かないしはそれに近い額であるが、右被告らはこの賃料を従前より原告方へ持参して支払うかないしは供託をしていることが認められる。
さらに、賃借人である被告らのうち、被告加藤久子、同富永しま子、同田中一男、同岩田秀一、同加藤繁雄、同南谷銀次郎、同森瀬豊三郎、同九沢幸平、同近藤義光については、一ケ月の賃料額がいくらであるかを認めるべき証拠がない。
右のとおりであるから、原告の被告らに対する賃料請求は認められない。
六以上判断のとおりであつて、原告の各被告らに対する各請求はいずれも肯認し難いのでこれを失当として棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(宮本増)
別紙目録<省略>